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そらもよう
元気ハツラツな娘2号です。
文章を書くのが大好きなので、突然コラムなどこさえてみました。
お暇な方はお付き合いくださいませm(_ _)m
 

61    慰霊祭 (2003/12/5)
 
今年も慰霊祭の日が来て、
キャンパスのすみの小さな慰霊碑に黙祷をささげに人が集まる
多くの人が参加するけれど その振る舞いに「儀式臭さ」を感じて
行き場のない思いに親友と立ち尽くしてから一年
 
一年で傍目に私は強くなり、友達も強くなり、
自分を隠すことを学んだせいで よりいっそう他人が分からなくなる
どこまでが「みんな感じること」で
どこからが「変わり者」と見られることなんだろう?
人の感じ方なんてきっとグラデーションのようにちょっとずつ違う程度のもの
そう思うのに、私たち二人が笑顔の人から浮くのはなぜなんだろう?
 
気持ちをさらけ出して大きなトゲが刺さらないように、
守りに入って小さな擦り傷を増やす
みんなと同じフリ
そうやって消化されないまま 想いをもみ消した人たちが
私たちの前にもいっぱいいたのかもしれないね
そう二人で笑って今年も慰霊碑の前で私たちを育ててくれた一年分の命に
ありがとうを言った
 
 

62    あっち側とこっち側 (2003/4/27)
 
人が二人いれば、それだけであっち側とこっち側ができる。
そう見ようとするかしないかに関わらず。
 
「私はあっち側の人間じゃないから…」
よくそうやって凹む。
うまくいかない自分、思い通りにならない いろんなことに。
『できる人』は周りにいっぱいいて、
真似しようとか見習おうとかそんな気も起こらないほど遠い人もいる。
無理だよ、そうは生きられない。
そう言うと「頑張れよ」って、そう言うのはちょっと卑怯。
頑張れるかどうか、違いは既にそこから生まれているんだから。
 
「あなたみたいにはなれない、すごすぎるもん」
そう言って、私をあっち側の人だと称えてくれる人がいっぱいいる。
「やっぱりすごいですよ」
ありがとう、うん、確かに『頑張れちゃう自分』も私は知っているような気がする。
だって負けられないし、
まだ追いかけているものがあるし…。
自分のやるべき仕事を見つけたときは、人より踏ん張りだってきく。
ってか きかさないわけにいかないもん。
 
あ、そういうことだ。
あっち側かこっち側か、どちらかに人はいるわけじゃない。
私がこっち側だと思うときに、私とあなたの不等号が『A君 > 私』で、
私があっち側と思われる人とのあいだでは『私 > B君』ってな具合に
人と人に不等号があるんだと思ってなかった?
そうじゃないんだぁ。
人の中にあっち側もこっち側もあって、きっとみんな見せているのは『あっち側』の自分。
他人の『あっち側』と自分の『こっち側』を比べるから凹むんだね。
それは時に成長のもとだけど、いつもそんなふうに落ち込まなくていい。
『あっち側』の中にも『こっち側』の中にも、自分にしかない特別なひとかけらがあるから、
それでいいや。
 
 

63    1月19日 (2003/1/22) 
気付けばチャメの命日を3日過ぎている。
私のコアにある小さな命。
ごめんね、愛しささえ忙しさの中
こんなふうに埋没してっちゃうものなのかな。
今でも あの小さなウサギを想うと「ごめんね」の言葉が浮かぶ。
…そして、私を救い続けてくれてありがとう。
私の大切な命。彼女の存在と死が今の私を創り上げている核。
 
冬は嫌い。寒いだけですごく不安になるから。
あの寒ささえなければもう少し幸せを抱いていられたのかな…。
ウソ。
気付かなかったのは私のせい。
最期に抱いていてあげられなかったのは無知だった私の罪。
ごめんね。いっぱいいっぱいごめんね…。
 
そばで私を見つめてくれる命を救えるようになろう。
あの日した約束。今も自分を支えている約束。
 
 

64    Zoo (2003/3/7)
4年ぶりかで上野動物園に行った。
ジャイアントパンダを見に行ったのに、
動物園唯一のパンダはメキシコにお見合いの旅に行って不在だった。
かなり肩を落としつつ、埋め合わせるように
『パンダがやってきて30年』
の小さな展示を見に入った。
 
「ランラン」の剥製。
小さい。
そして その体にカンカンとの子を宿したまま、
人で言えば30才かそこそこで失われた命。
 
フェイフェイの娘『トントン』
リアルタイムに知っていた。
名前が募集された当時は♂だと思われていたんだ、
そして「妹誕生!」と話題になったユウユウが実は♂と判明(笑)
そんなことはよく覚えている。
 
幼心にトントンが好きだった。
むくむくした後ろ姿がいとおしかった。
 
トントンが2年ほど前に短い一生を終えていたことを知り、
自分が東京にいたにも関わらず 幼い日に愛したトントンを
それと意識せず『パンダ』としてだけ、一度、一瞬出会い、
…二度と会えないと知った。
 
ちゃんと会っておきたかったな。
寂しいと思った。
すごく悲しかった。
そして何故か「ごめんね‥」と思った。
やっぱり人は忘れゆくもの。
今は北京に行ってしまったユウユウが恋しく思えた。
 
トントンに会いたかった。
会えなかったから…、今日はパンダの話m(_ _)m
 
 

65    そらもよう (2003/1/28)
空があんまり青いので、なんだか涙が出そうになった。
それとはとても対照的に、その日見た骨が白かった。
こんな青い空の中を走っていた?
それとも空の下に出ることもなく去っていった?
 
ある詩の一説にこんなフレーズがあった。
「踏まれた草は言った。
 怒っているのでもなく、悲しいのでもなく
 ただ踏まれなかった草と何が違うのか知りたいと」
正確には覚えていないのだけど、私はそのフレーズに捕まった。
 
私に、真に骨の髄までの知識も経験も感情もくれたそのイヌと
誰にも汚させはせず、守り抜きたい私のイヌと何が違う?
きっと、命を分けてくれたイヌは怒ってはいないだろう。
死ぬ直前まで尻尾を振っていた?
だから余計に涙が出る。
 
空があんまりに青いので、こんなきれいな空の日は
みんなを思い出してあげたい。
覚えていられる限り。黙祷をささげよう。
自分の中にこみ上げた感情を忘れないためにも。
今学期の実習が終わった。
それが私を少しセンチにさせたのかな?
 
空が真っ青な日は、
最初の友達に会って元気に「おはよう」を言うまでの少しの間、
彼らの命を偲ぼう。
そうして、命を救える獣医になろう。
 
 

66    はじめまして♪(2002/12/25)
あやです。
父の仕事でニューヨークで生まれ、魚のおいしい石川県で約10年、この広島でも前向きな明るい性格を養って今にいたる☆
身体が丈夫なのをいいことに腕白ほうだい、元気がとりえの末っ娘です♪
しかして、母の寝ている間に自分のページなんて作っちゃってよいのでしょうか。。。?
明日の母の反応が楽しみです(^ー^)v
 
昨日、大学のある東京から広島に戻り、PCが使えるのをいいことに一人遊びを始めた次第。
面白い文が書けるとも思わないけれど、つれづれに思い、考えることを綴れたらいいなぁ、と思っているので、まあ、母親にささげる日記って感じなのかな?
偶然、私を知る人が見付けて読んでくれたりしたらちょっと楽しいかも♪
 
今日は、ってか既に昨日になってしまっているのだけど、クリスマスイブだった。
街のイルミネーションももうすぐはずされてしまうと思うとちょっとさみしいね。
私がデコレーションを手伝った大学のツリーも27日には電球がはずされてしまう。
でも夏の花火と一緒で一瞬だからより一層キレイなのかもしれない。
たくさんの人が見てくれていたらいいな☆
んでもって好きな人とゆっくり眺めてほしいナ♪ どこのイルミネーションでもいいから!
 
コラムって書くほうは概して書きたがりだから、ずるずるダラダラといっぱい書くのだけど、長ければ長いほど、訪れた側は読む気がしなかったりするよね。
わかっちゃあいるけど…、これはもう自己満の世界ってことで許してほしい。
こんな風に誰かに向かって、ときに自分に向かってのんびり とりとめなく話しかけるのが好き★
 
今日はそろそろ終わりにして、年賀状の続きに戻ろう。
1年の節目に、みんなにそれぞれ伝えたい思いがありすぎて、年賀状なんて書き終わりゃあしないんだから(笑)
そして、また明日。
冬休み中は いっぱい書き込んでやろう♪
誰か私を見つけてネ☆
おやすみ!



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