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そらもよう
元気ハツラツな娘2号です。
文章を書くのが大好きなので、突然コラムなどこさえてみました。
お暇な方はお付き合いくださいませm(_ _)m
 

25    国試勉強日記:2月中旬。 (2006/02/24)
 
2月13日(月)。
バレンタイン前日に実施された模試は165点。
満点は300点。
臨床系研究室の学生のクセにクラスの平均よりチョイ下。
ま、これからよ。
週末に予定した国試勉強中最大最高の息抜きをエサに、この週は超頑張って『伝染病』。
バレンタインもシカト。
それより楽しみな雪山。
テンションも上がる一方で好調。
 
2月17日(金)。
夜、若干ノドがおかしいか?
 
国家試験10日前に吊された私のエサは、1泊2日のスキー旅行。
応援してくれてる人には口が避けても言えない。
 
前に「あややはご褒美を準備して頑張るタイプなんだね」って言われたことがある。
それまで気付きもしなかった。
そっか、目標のためだけに頑張れる人も多いだろうけど、自分の場合、道のりが困難なほど、でっかいご褒美を自分で設定している。
そう考えると面白い。
実際スキーも中だるみせず10日前まで自分を持っていくためのエサ。
しかもスキー行っちゃったら落ちるわけにいかないし。
 
2月19日(月)。
微熱。そして失声。
スキーに行ったことに失笑する人もいたが、もしスキー行かずにこの風邪ひいてたら、落ち込んで勉強どころじゃなかったはず。
風邪ひいても、声出なくても全部ひっくるめてプラスならそれでいい。
 
国家試験10日前。
ひとつ本当に予想外だったハプニングがあるとしたら、それは人を好きになってしまったこと。
人に強烈に惹き付けられて2日ほど風邪なのか恋なのかボーっとなってたことかなぁ。
 
2月のこの時期、コブクロの曲をずっと聴いていた。
『轍』は声が出なくても口をパクパクして気持ちを乗せた。
頑張ろう。
 

26    国試勉強日記:前半。 (2006/02/24)
 
意外と書こうと思いつつ書かなかった。
なぜって、多分序盤は比較的楽しんでいたからかな。
卒業論文やるより全然楽しくて。
 
 
1月9日(月)。
成人の日で祝日なのに勉強会スタート。
卒論発表会からこっち、クラスのみんなに会えて嬉しい。
 
1月中は、周りに指差されつつ、よく運動もした。
動かないとストレスフルで勉強にも身が入らなかったから。
 
でも1月24日の予定だったチームの試合が雪で31日になって、助っ人で出た辺りからしんどくなってきた。
なんでだろ、1月後半は勉強会に出る元気なし。
第1回[落ち込みmax]。
 
2月突入。
勉強会も終盤、外科系授業の波が来るので勉強会にも復活。
マジしんどい。
でも外科の資料作りやんなきゃでなんとかかんとか。
2月いっばい頑張ることにした金曜日のバイトが負担なのか、息抜きなのか自分でも謎。
でもバイトしてる時間は少なくとも素直に笑える。
これ大事。
 
2月11日(土)。
勉強会最終日。
自分の編集したレントゲン授業がうまくいって、みんなに笑顔もらって頑張るか!って気分。
この翌日に振り替えた日直の当番だけはきつかったかな。
 
 
で、ここからが自分との戦いの2週間半。だ。
 
 

27    いいことがあれば… (06/01/22)
 
いいことがあればその後には悪いこともある。
悪いことが続けば楽しいことが待っている。
 
誰もが口にするフレーズ。
自分もいつも自分にそう言いきかせて生きてきた。
 
それが、とてもシンプルなことなんだけど、そんな「言いきかせて」いたことを、最近では体と心が「感じる」ようになった。
 
昨日はしんどかったけど、今日は天気もよくて気分いいな、みたいに。
 
それは多分、自分の中で思考と気持ちの調和がとれているということで、だから、これも私にとって一つの大事な通過点なんだろうなぁと思った。
 

28    『マンガ大好き』が日本を救うなら… (06/01/20)
 
獣医を目指す高校生の話を書いてた好きなマンガ家さんがいる。
なんで好きになったかっていうと、その人の作品には『世の中に訴えたいもの』があったから。
でも、訴えたいものにこだわったせいか、有名な雑誌からマンガが消えた。
動物なんて何とも思わなかった主人公が、真剣に世界に向き合いたいと思った辺りで…。
 
世の中をふうしする面が強すぎると確かに受け入れられにくくなる。
けど、もともと獣医だった作者が訴えるべき手段としてペンをにぎったんなら、いつか一緒に仕事をしてみたいなぁ。
『獣医さんに置くマンガ』が作れないもんかな、っていうのが わたしのアイデア。
長い待ち時間に読むために、待ち合いにいろんな工夫をする病院があるんだけど、そこから発信される強い情報があったらいいなぁって。
取り入れたい内容は、保健所のこと、シェルターのこと、野良猫を減らす活動や「地域猫」のこと。ペットショップのこと。
そして日本の獣医の姿がなぜ今のようにあるのか。
病気のことを入れたいと思わないのはネットでも山のように流れてるし、それ以前に病院でちゃんと説明できなきゃだし。
ペットについての本はいっぱいある。
でも、本で読むほどは関心ないけど、マンガなら、っていう世代に向けて作ってみたい。
獣医さん発だからこそのマスコミの注目を利用して、仲良い獣医さん巻き込んで。
 
な?んて、それが獣医師会でまかり通るだけの地位がわたしに築けるかなぁ。
 
いつかでいい。焦らない。
今、書き留めておけば、夢を描く暇もないほど忙しくなった頃に、夢は形を持ち始めるかもしれない。
曲がんなよ、わたし!
 

29    慰霊祭の日が近づいて (2005/11/30)
 
もうすぐ学校の慰霊祭の日が来る。
3年前、獣医に進学して最初の慰霊祭の日は、
イヌの解剖の経験が辛すぎていっぱい泣いた。
いろんなことがいっぱいあって。
 
今年、来年からの就職に備えて3年生の解剖実習に
ときどき混ざっている。
でもイヌの姿にももう泣くことはない。
心臓は鳴るけれど、止めどなく流れた涙を懐かしく思う。
 
3年生のときは、実習が進むに連れて心が麻痺して
慣れて悲しさを感じなくなるんだ、と思って辛かった。
でも、そうじゃなくて、心を持ったまま、
『ありがとう』と『ごめんね』の気持ちを抱いたまま
ちゃんと今の自分がある。
 
ちゃんと人間味のある獣医さんを目指せそうだ。
慰霊祭の日、4年間にお世話になった動物みんなに
ありがとうと行ってきますを言おう。
 
この先どんな自分になっても、変わらない自分がちゃんといる。
 

30    つながりがあればこそ(2005/11/25)
 
東京で8年間暮らした。
人生の3分の1には足りないが、それでもせいぜい小学校の低学年から
おぼろげに記憶がある程度の自分にとっては、充分に長い。
そして石川県で過ごした年月に、もう少しで匹敵する。
 
それでも、やっぱり東京はあまり好きにはなれなかった。
大学の近くにいる限り、別段緑が少ないとか、空気が汚いとかそんな風に
思うことはなかった。
でもにぎやかな半面、自分には寂しすぎるとおもっていた。
 
そんな東京で、けれどもたくさんの人と知り合い、友達がいっぱいできた。
会えば声をかけてくれ、同じことに盛り上がった人たちがいる。
そして、まだ学生生活が続く彼らは、「たまには戻ってこい」と
言ってくれる。お茶でもしようと誘ってくれる。
 
そんな人、そんな関係がものすごくたくさんありすぎて、
だから、
わたしはこれから東京を離れるのかもしれない。
関西に行ったら、そんな友達もいなくてもっと寂しいかもしれない。
そうだとしても、
答えられない優しい声がいっぱい近くにありすぎるのは、
それはそれでこれから夢を追う自分にはバランスが悪すぎるから。
 
だから、
行ってこい!と強気で手を振って、
たまーに帰って来るのを楽しみにしていてほしい。
そのときが来たら、みんなでわいわい騒ごうね!!
 
 



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